主宰のあいさつ

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私は12年前、父の死と娘の誕生を機に、1人暮らしとなる母のこともあって、それまで勤めていた教材会社を退職し、愛媛の片田舎の久万高原町に帰郷しました。

そして長年教育業界の仕事に携わる中で感じてきた矛盾や不備を、解消すべき学習法として温め練ってきた「FAX学習きっずゼミ」を起こしました。

それまで通信教育というと子供まかせで、子供がやらないために、高価な教材も紙くず同様に押入れでほこりをかぶっているという光景を、何度も目にしてきました。

通信添削や電話指導というのもありましたが、あくまでも待ちの姿勢で、子供が送ってくるなり、質問をすれば答えるといった対応でしかなかったのです。企業側は、売上重視で子供がやらなければ仕方がないといった態度です。

そもそも子供は勉強が好きではないのです。子供たちに「勉強は好き?」と聞くと、大半の子供は「きらい!」と即答します。

確かに目新しいメディアを使った学習法は、好奇心旺盛な子供の心を一時的にくすぐりはしますが、それに継続して取り組めるかどうかは、子供や教材の問題ではないのです。周りがいかにサポートしていくかが大切なのです。

だからといって、大人が付きっきりで支えていかなければならないのかといえば、決してそうではありません。

近年、塾や家庭教師、同業の通信教育にも「完全個別指導」を謳ったものがよく見られますが、いつもだれかがそばについていないと勉強できないというのもどうでしょう。

また中には、その週自分がこなす勉強量を子供に決めさせるというのがあります。子供は少ないのがいいに決まっています。(ここで子供と企業の利害が一致するわけで、保護者としては子供が喜んでやっているからと安心しています。)

このような子供に迎合するような教育が、本当に教育といってよいのでしょうか。

「勉強」は「勉めを強いる」と書きます。やがて子供が大人になり、仕事をし、家庭を持てば、やりたくない仕事でも自ら前向きに取り組み、こなしていかなければいけません。いつも誰かがそばで支えてくれるなんてことはないのです。

子供のうちに、自ら課題に前向きに取り組み、地道にこなしていく力を養っておかなければいけません。高い学力だけが、子供の将来を約束してくれる時代ではないのです。

きっずゼミの基本は自主学習です。勉強する主体はあくまでも子供自身で、指導者はそれを側面的に支えるものというのが、きっずゼミのスタンスです。

自分の目で読み、自分の頭で考え、自分の手で書く。この一連の作業の積み重ね中にこそ、健全な精神と確かな学力が涵養されるものだと確信しています。

そうした中で、子供たちが立ち止ったり、行き詰ったとき、きっずゼミでは電話等を通してサポートしています。

きっずゼミが今後のお子様の学習の一助となれれば幸いです。

きっずゼミ主宰 大野喜久夫

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